ちゃんみな「SAD SONG(サッドソング)」ノノガとのFIRST TAKEが話題!泣ける歌詞の意味とは?


ちゃんみなさんとノノガがTHE FIRST TAKEで披露した『SAD SONG』
ピアノ1本のシンプルな演奏に乗せて歌われたこの楽曲は、ただのバラードでは収まりきらない、強くて痛い感情が込められた想いがありました。

『SAD SONG』というタイトルはどういう意味なんですか?

幸せすぎて悲しいというか、この幸せがずっと続けばいいのにって意味です。一緒に仕事をする大切な人たちとの絆ってあるけど、それもいつか終わりが来ることはわかっていて。永遠に続くとは思わないけど、できるだけこうしていようよって思いで作りました。

https://tvbros.jp/hit/2022/09/14/52939/
https://natalie.mu/music/pp/chanmina02/page/3

タイトルへの想いをみてみると、ノノガというオーディション番組のためにつくられた曲かと錯覚してしまいます。
それでは歌詞の内容を詳しくみていきましょう。

目次

【歌詞前半】リスナーへの訴え

冒頭の一節、

This is a fxxking sad song for you guys
It’s fxxking hard to say it, goodbye

ここからもう、心を掴まれました。

「fxxking」という強調語が2度も使われているのは、単なる過激表現ではなく、感情の限界を超えた“どうしようもなさ”を吐き出している証のように感じます。


そして「for you guys」と呼びかけていることから、この歌が特定の誰かではなく今この瞬間に悲しみに触れている“あなたたち”すべてに向けられているのだという誠実さが伝わってきます。

その後も、夜空を見上げて語りかけるようなフレーズや、初めてのようでずっと待ち望んでいたような出会い、そして再会の場面などが描かれていきますが、どの言葉にも“本音”がにじみ出ていて、ちゃんみなさんならではの飾らない言葉選びが心に刺さります。

たとえば、

君に会うまでの間
少しだけ心配してた
でも君はなんて事ないって顔してる
ずっとそばにいてよ

このパートでは、不安と安心、そしてすれ違いの温度差のようなものが、まるで生身の感情のように伝わってきます。
「そばにいてよ」という願いは、ただの甘えではなく、自分の心のグラつきを正直に差し出す勇気でもあるのかなと感じました。

さらに、

こんなご時世にさ
そんなわがままダメなのかな

この一言に込められた、自分の“求める気持ち”“抑えようとする理性”の葛藤。

今の時代に恋をしたり、大切な人と距離を縮めたいと願うことの難しさを、そっと突き出してくるような切実さがありました。

【歌詞半ば】ちゃんみなの「生き方」と「願い」

『SAD SONG』の中でも、終盤に差し掛かるこの一節――

願うならこんな私が
死んでもこの愛だけは
せめて
残って咲いてますように

ここには、ちゃんみなさんが大切にしている“想いの残し方”が描かれているように感じます。

こんな私が」という自己表現には、自分の弱さや未完成さ、過去の過ちもすべてひっくるめた“等身大の自分”への自覚が込められているのではないでしょうか。

それでも、「愛だけは残っていてほしい」と願うその姿は、けなげであり、真っ直ぐで、静かに胸を打ちます。

そして「咲いてますように」と結ぶことで、ちゃんみなさんはその“愛”がただ残るだけでなく、美しく咲いてほしいと願っている。
そこには、悲しみの中にも希望や祈りを手放さない強さが感じられます。

続くパート――

今はただこんな私の
この音とこんな歌声を
信じていて欲しいんだ
できるだけ

ここはまさに、アーティスト・ちゃんみなさんの“心の声”そのものだと思います。

完璧じゃない自分、それでも音楽にすべてを込めて届けようとしていること。
そんな自分の声を、できるだけ信じていてほしい――その言葉には、どこか切なさと控えめな愛情がにじんでいます。

特に「できるだけ」という一言。
強く求めるでもなく、ただ「信じてくれたらうれしい」と願う姿が、ちゃんみなさんらしくて胸がぎゅっとなります。

そしてラストに近づくこのフレーズ――

It’s hard to say it
I can’t say it
I never say it
I don’t want to say it
It’s hard to say it
I can’t say it

「言えない」という気持ちが繰り返されることで、別れの言葉“goodbye”を口にする苦しさが強調されています。

1回では言い切れない。
何度も、心の中でつぶやいて、それでも言葉にできない。
そんな痛みと葛藤が、まさにこの繰り返しの中に詰まっているように感じました。

【歌詞後半】“ラブソング”としての希望

楽曲の終盤に差し掛かるにつれて、『SAD SONG』はタイトルとは裏腹に、別の色を帯びていきます。

This is a fxxking love song for you guys
さよならはまだ先でしょう
もう少しこうしてたい
できるだけ

冒頭で「This is a fxxking sad song」と叫んでいたちゃんみなさんが、ここでは「love song」と言い換えています。


同じ“fxxking”という強い言葉が添えられていることからも、その感情の激しさや、ただの恋愛ソングではない深みが伝わってきます。

悲しみと愛は時に隣り合わせ。
別れが迫っているのをわかっていながらも、「さよならはまだ先でしょう」と自分に言い聞かせるような表現には、どうにかして今を引き伸ばしたいという切実な想いが滲み出ています。

「こうしてたい」「できるだけ」――このあいまいで控えめな語り口が、かえって真に迫ってくるように感じます。
派手な愛の言葉よりも、「もう少し」という小さな願いの方が、リアルで心に響くのはなぜでしょう。

永遠って事にしておこうよ
このままずっと笑いあってよう
子供みたい 永遠なんてないとか
なんて言われても関係ない

ここでは、“永遠”という言葉が出てきます。

でもそれは、「永遠が本当にある」と信じているわけではなくわかっているからこそ「そういうことにしておこう」と言っている。
このちょっと子どもっぽくて、でも本気な願いが、切なさを引き立てています。

誰かに「永遠なんてない」と言われても、「関係ない」と言い返すちゃんみなさんの姿勢には、たとえ理屈では理解できなくても、“信じたい”という人間らしい弱さと強さが表れている気がしました。

もしもこの夢が覚めたとして
もう一度歌って叫んででも I cannot say it
さよならはできないから

この一節は、曲のラストに向けたクライマックスのように感じられます。

「夢が覚める」というのは、関係が終わることの比喩かもしれません。

それでも「さよならはできない」と言い切るこの一言には、悲しみや諦めではなく、“抵抗”や“希望”すら感じられるのです。

曲の中盤でも繰り返されてきた「I cannot say it(言えない)」というフレーズが、ここで再び登場します。

これは、ちゃんみなさん自身の心の葛藤を象徴する言葉でもあり、悲しみや愛、そして別れたくないという気持ちがすべて交錯しているようにも見えます。

ちゃんみな × ノノガ『SAD SONG』が刺さる理由。

ノノガメンバーの状況と各パートの歌詞がリンクしている。

楽曲全体に“切なさ”と“優しさ”が共存する空気感が生まれています。

永遠って事にしておこうよ
このままずっと笑いあってよう
子供みたい 永遠なんてないとか
なんて言われても関係ない

特にここの歌詞がノノガというオーディション番組ならではの、誰かは落ちてしまうという現実から少し目を逸らすような歌詞にもみえますね。

まるで会話のように響き合うところもあり、まさにちゃんみなさんとノノガだからこそ表現できる“別れと愛の狭間”を感じさせます。

これはただの“悲しい曲”じゃない。

この曲は、悲しみをただ悲しむだけの歌ではなく、「それでも、あなたに届けたい感情がある」と叫ぶような、誠実なラブレターです。

ノノガとのハーモニー、そしてピアノという最小限の伴奏が、ちゃんみなさんのリアルな言葉と感情を際立たせています。

『SAD SONG』は、別れを経験したことのあるすべての人の胸に響く、“音と言葉の真実”のような楽曲です。

総括&まとめ

今回は、ちゃんみなさんが歌う『SAD SONG』が“なぜこんなにも泣けるのか”という理由や、歌詞に込められた本当の意味を深掘りしてみました。
いかがだったでしょうか?

ちゃんみなさん自身が「幸せすぎて悲しい」と表現したこの楽曲は、タイトルの“悲しさ”だけに留まらず、聴く人の心に深く刺さるような、複雑で温かい感情が詰まっています。

アルバム『Never Grow Up』のボーナストラックとして、20歳という節目に届けられたこの一曲。


26歳になった今再び多くの人に聴かれるようになり、恋愛に限らず、“大切な人たち”との関係性を思いながら作られたからこそ、より多くの人の心に響くのかもしれません。

限られた時間の中で、どれだけ想いを伝えられるか。
その儚さと愛おしさが混ざり合った『SAD SONG』は、あなたの大切な誰かにもきっと届くはずです。

ぜひ、大切な人を思い浮かべながら、もう一度耳を傾けてみてくださいね。

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